大判例

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東京高等裁判所 昭和38年(行ナ)162号 判決

(原告) 佐藤智彦

(被告) 日本弁護士連合会

〔抄 録〕

二、ところで本件裁決は、被告が福島県弁護士会のした懲戒処分に対する原告の審査請求に対し裁決の形においてした行政処分であって一般の行政処分と同様確定をまたず告知と同時に効力を生ずべきものであるところ(最高裁判所昭和四〇年(オ)第六二〇号昭和四二年九月二七日大法廷判決、民集二一巻七号一九五五頁)、弁論の全趣旨によれば本件裁決は昭和三八年一一月一一日告知されこれに対し原告から執行停止の申立てもなされず二カ月の業務停止期間を経過したものであることが、認められるから、(原処分についても同様にいいうるが、ここでは本件訴の対象である本件裁決についてのみいう)本件裁決は右期間の経過により効力を失ったものとして、もはやその取消しを求める法律上の利益は存しないと解する余地がある。よって職権をもって右の点について判断する。

行政事件訴訟法第九条は「処分又は裁決の効果が期間の経過その他の理由によりなくなった後においてもなお処分又は裁決の取消しによって回復すべき法律上の利益を有するもの」については、処分等の効果が現存する場合と同様に、原告適格を認めるものであるところ、右いずれの場合にも、その取消しを求めるにつき「法律上の利益」を必要としているわけであるが、通説的見解によれば右にいう「法律上の利益」には、少くとも、名誉、信用などの人格的利益は含まれず財産的利益であっても反射的(間接的)に侵害される場合なども含まれないとされている。

本件の場合、弁論の全趣旨によれば原告は本件裁決により弁護士として受任事件の減少ひいては財産的損失を蒙ったとしても、これをもって直ちに、本件裁決に基づく直接的な財産的損害として、訴えの利益を認めることはできないであろう。しかしそもそも弁護士は弁護士法第一条第二条に明記される如く、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とし、その使命に基き誠実にその職務を行い、社会秩序の維持および法律制度の改善に努力することを義務づけられ、常に深い教養の保持と高い品性の陶やに努めることを法律上要請されるのであって、このような弁護士にとっては、その者が弁護士法に違反し、その品位を失うべき非行があったものとの烙印を押され一時的にもせよ業務停止という懲戒処分をうけることは、その名誉を傷つけられ、社会的信用を失いひいて法律上の要請である品性への評価を失うこととなるものであって、自ら堪え難い苦痛をこうむることとなることは多言をまたないところであって、かかる使命および職責からする人格的評価の維持が実定法上の要請である点において、しからざる者との間にいちじるしい差があるものというべきである。

従って仮りに故なき懲戒処分であっても、すでに期間の経過によりその効果がなくなったとし、これを取消すことによって回復すべきものは法律上保護するに値しない不利益にすぎないと断ずることは、弁護士たる原告にとって相当でないというべきであろう。かかる不利益、損害に対する救済としては、本件裁決の違法を原因として損害賠償の請求をなせば足りるとの見解もありうるが、この場合毀損された名誉、信用等の回復のためには金銭賠償のみによっては必ずしも充分に填補されえず、名誉回復のために適当な処分も許される(民法七二三条、国家賠償法四条参照)ものであることを考慮すると直接当該裁決の効力を排除する判決を求める方がより一層有効適切な手段であると考えられる。また、取消訴訟の目的は、権利、利益を現に侵害している違法処分を排除することにあるのに、もし違法な懲戒処分がそのままであれば被害はなお現存しているものというべきこと、処分に付された期間の経過によって処分の効果が消滅するという点では、処分そのものが権限ある機関の取消処分または裁判所の取消判決などにより取消された場合と同一であるけれども、両者には本質的に相違する点が存すること、本件原告における場合のように処分の相手方によっては損害賠償では足りず、すすんで当該処分そのものの取消しを求めるのでなければ、受けた損害が治癒されえないものとする被害者感情を有し、かかる被害者感情を尊重することが社会的にも客観性あるものとして是認されうるものであること、換言すればかかる人格的利益の侵害は、法律上の利益の侵害にあたらないから取消訴訟を提起する原告適格を欠くものとして司法的救済の途を閉すことは、正義衡平に反するものと考えられること、さらに従来一般に旧弁護士法が弁護士の懲戒処分については判事懲戒法を準用していたという沿革的理由で現行の弁護士法のもとにおいても懲戒処分は手続上争うべからざる段階すなわちいわゆる確定の時にいたるまではその効力を生じないものと解されており、本件の原処分ならびに本件裁決のなされた当時においてもそのような解釈が行われていたところ、昭和四二年九月二七日にいたり最高裁判所大法廷の前示判例が出るに及んで告知の時に直ちにその効力が生ずるものとの解釈が支配的となったのであり、右のような経緯によって原告は原処分の時はもとより被告の裁決の時にも執行停止の手続をとることなく本訴を提起して今日にいたっているものであって、本件はいわば判例変更によって不測の遡及効を受ける立場に立つものであることなどの事情を綜合考慮すると、本件裁決により原告が蒙った名誉、信用などに対する損害は法律上の不利益にはあたらないとして、直ちに本訴を不適法と断ずるのは妥当ではない。

(浅沼 杉山孝 加藤)

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